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地球温暖化対策は,大別すると人間活動から排出される温室効果ガスを削減することによって大気中の温室効果ガス濃度の上昇を抑えて温暖化の進行を食い止めるための「緩和策」と,温暖化を所与のものとして我々の生活・行動様式の変更や社会システムの調節を通じて温暖化の影響を軽減するための「適応策」に分けられます。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書においては,「気候変動の多くの影響は,緩和によって,回避,減少又は遅延され得る。」とともに,「最も厳しい緩和努力をもってしても,今後数十年間の気候変動の更なる影響を回避することはできないため,適応は,特に至近の影響への対処において不可欠となる。」と指摘されています。
我が国では,「低炭素社会づくり行動計画」(平成20年7月,閣議決定)などにおいて緩和策が先行的に取り扱われてきましたが,新たに「気候変動に適応した新たな社会の創出に向けた技術開発の方向性」(平成22年1月,総合科学技術会議)では,「気候変動への対応という機会を科学技術の飛躍により新たな社会と価値を作り出す絶好の機会と捉え,国を挙げてチャレンジしていく」ことを提言し,緩和策と適応策の両方を推進することが最も効果的な気候変動対策であるとして,適応策については,「グリーン社会インフラの強化」と「世界をリードする環境先進都市創り」といった目標を掲げ,そのために必要な技術開発の方向性を指摘しています。
このような中,文部科学省では,「低炭素社会づくり研究開発戦略」を平成21年8月に策定し,従来から取り組んできた地球観測や気候変動予測,環境に係る基礎研究に加え,先端的な低炭素化のための技術の開発や今後避けることのできない地球温暖化の影響に適応するための研究開発,低炭素社会実現に向けた研究開発の方向性を示す社会シナリオ研究,気候変動の緩和及び適応技術を社会実装に適用するフィールド実証など低炭素社会づくりに向けた研究開発を総合的に推進することといたしました。
この戦略の一躍を担う適応策研究の新規施策としては,「気候変動適応戦略イニシアチブ」を立ち上げ,当該事業の中に気候変動適応に関する研究水準の大幅な底上げ,適応策検討への科学的知見の提供,気候変動による影響に強い社会の実現に貢献することを目的とした「気候変動適応研究推進プログラム」(以下,「本プログラム」という。)を設定いたしました。
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次世代の全球大気モデルである,正20面体格子非静力学モデル(NICAM)を利用して,二酸化炭素と大気汚染物質の両方を同化し,発生源を推定(逆問題)するシステムを構築する。このユニークなシステムを関東平野領域に適用して,温暖化・全球大気汚染・都市化の複合影響によって変化するメガシティー環境に社会が適応するための施策案を,国や自治体と協力して作成する。
NICAMを使ったこのシステムはストレッチ格子法を利用して,全球から領域スケールまでシームレスに適用できる。
同時に,領域モデルである産業技術総合研究所領域物質輸送モデル(AIST-MM)および化学天気予報システム(CFORS/CMAQ)を併用することによって,関東平野領域の長寿命温室効果ガス(二酸化炭素,メタン等)と,短寿命ガス(オゾン等)・エアロゾルについてのデータ同化と逆問題解による発生源推定を試みる。得られた濃度と発生量を利用して,排出削減や緑化などの適応策による環境改善,健康被害改善の効果を見積もる。
長寿命温室効果ガスと短寿命ガス・エアロゾルを,同じ力学モデル(NICAM)を用いて同化するモデルが実現すると,全球スケールから関東平野スケールまでをシームレスに同化研究できるツールが確立し,データ同化された品質の高いモデルシミュレーションによって,全球の温暖化・大気汚染と,関東平野スケールの適応策を整合的に結びつけて検討することができる。
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2025年までに世界人口の60%が都市環境に住むと言う予測がある。このことは温暖化する地球環境への適応対策は,都市化と全球規模で進行する大気汚染も考慮しながら総合的に行う必要がある。特にアジア大陸の風下側に位置する日本のメガシティー域(関東平野など)では,地球温暖化,広域大気汚染,都市化が同居する状態にある。このような現状認識のもとに,環境省の地球環境研究総合推進費S-4,S-7,そして,科学研究費補助金新学術領域研究「東アジアにおけるエアロゾルの植物・人間系へのインパクト(略称 ASEPH)」(畠山史郎農工大教授代表,H20-24)によって,温暖化と大気汚染の両方の影響に関する評価研究が行われてきた。このような評価研究の成果を最大限に利用して,膨大な費用のかかる適応策をより説得力のあるものにするためには,今,次の研究が必要であると考えられる。
- 長寿命温室効果ガスと短寿命ガス・エアロゾルに関する観測データに,モデルをきちんと同化すること。それによって,質の高い大気環境物質場を得ることと,同化解析を通してモデルを改善する必要がある。
- このようなモデルとデータ解析により,様々な気象条件における大気環境物質の分布を求め,さらに発生量を推定する必要がある。それによって,その場の環境が気象場(風向きや気温,雲量,降雨)と大気組成のそれぞれにどのように依存するかを把握する必要がある。
- このような高い品質のデータとモデルによって,国や自治体の対策部署が施策の効果を評価する必要がある。また,すでに実施された施策の検証を行う必要がある。
同化と逆問題による発生源推定のためのモデリング技術は,地球科学と計算機の進展とともに飛躍的に発展しつつあるが,大気環境物質に関しては世界的に見てもまだ未成熟であり,この時期に研究投資をすることは非常に有効である。また,全球規模と領域規模の同化モデル開発は,それぞれ異なる研究グループが行ってきたために,相互の利点を十分に活かしたモデリングとデータ解析フレームは存在しない。同様に,二酸化炭素,大気汚染物質,黄砂など,今後,濃度が変化する可能性がある大気環境物質の同化システムも,それぞれ異なるグループによって進められているために,互いに整合的に同化するシステムは存在しない。そのために,対策にかかわる利用主体が,総合的,かつ効率的にシミュレーション結果を利用する際の障害になっている。特に自治体レベルでは,人工衛星・地上観測システムを使ったシミュレーション結果を効率的に利用する道筋と支援体制が無かった。本研究は,このような状況を打破するために二酸化炭素等の長寿命温室効果ガスと短寿命ガス・エアロゾルのモデルを,全球から領域スケールまでカバーできる次世代型大気モデルNICAMに同時に組みこむ。
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東京都,埼玉県,横浜市の担当部署と協力しながら,同化システムを用いて,メガシティー規模の空間(本研究では関東平野)の設計と健康被害に関わる適応施策の構築を行う。このようなメガシティー域では,地球温暖化,広域大気汚染,都市化が複合的に重なって起こっており,それらを総合的に勘案する影響評価とそれに基づく適応策が必要である。このような複雑な場では,大気環境物質のデータ同化や排出源の推定が威力を発揮する。大気環境物質の情報発信は,すでに環境省,JAMSTEC,気象庁,大学のウェブページで行われているが,本研究では,自治体における適応策の構築に必要な情報の要求を積極的に調査し(ご用聞き作戦),それに基づくモデルシミュレーション結果の提供を行う。
- 二酸化炭素の同化と逆問題システムの構築班:二酸化炭素等の長寿命温室効果ガスの同化と逆問題システムを構築する。
- 大気汚染物質・ダストの同化と逆問題システムの構築班:短寿命ガス及びエアロゾルの同化と逆問題システムを構築する。
- 影響評価と適応策の構築班:第1班と第2班のモデル結果,および他のデータを利用して影響評価を行い,適応策を自治体とともに構築する。
- 総括班:研究代表者,班代表者,有識者によって構成され,研究のステアリング,他チームとの連携,国際対応,情報発信を行う。
モデル作りと適応策は多岐にわたり,本研究ですべてをカバーすることはできないので,本研究では特に関東平野領域での緑化等の都市構造の改善と健康被害について研究する。また,環境場と発生する影響をつなぐインパクトモデルの構築に関しては,先行研究や他プロジェクトの成果を活かすことを心がける。
このようなメガシティー領域は,中国を始めアジア域においても存在するので,日本の貢献としてこれらの地域への情報発信も行う。その国際フレームワークとして,中島が主査である,国連環境計画「アジアの大気の褐色雲プロジェクト(UNEP/ABC-Asia)」との連携を行う。ここでは,UNEPの指導のもとに,ABCの気候,水循環,農業,健康に関する影響評価とそれを利用した適応策の研究が行われている。
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